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連載・地殻変動する国際エネルギー資源業界


           大阪商業大学総合経営学部教授・経済学博士・中津孝司
 




  

   

英経済紙『フィナンシャル・タイムズ』が2016年4月中旬にスイスのローザンヌで開催した「国際商品グローバル・サミット2016」の席上,ロシア国営石油最大手ロスネフチ社長のイーゴリ・セチンは米国が石油市場シェア対決に敗北していると豪語した(1) 。事実,米国の産油量は2016年4月8日現在,日量897万バレルと同900万バレルを割り込んでいる。ピーク時の2015年6月から同60万バレル減少した勘定になる(2)

しかし,産油国は例外なく,原油価格の急落で窮地に立たされている。確かに米国は産油国ではあるけれども,資源エネルギー一辺倒の国ではない。産業構造は高度・多様化しており,農業からサービス産業に至る産業部門すべてが米国経済を支えている。だが,ロシアは違う。ロシア経済は今もってエネルギー資源部門に頼るいびつで脆弱な体質。資源価格が下降し始めると,たちどころに行き詰ってしまう。

ロシアだけではない。石油輸出国機構(OPEC)に加盟する産油国はすべからく,低空飛行を続ける原油価格の動向に振り回されている。OPECはこれまで国際原油価格カルテルとしてその機能を発揮していた。これが幾度となく石油消費国を襲ったオイルショックの導火線となったことは周知のとおりだ。原油価格が低下局面に入ると,産油量を絞り込む。反対に,上昇気流に乗ると,産油量を拡大する。OPECは原油生産量を調節してスウィング・プロドゥーサー役を演じ,国際原油価格を自由自在に操ってきた。

おごる平氏は久しからず。いわゆるシェール革命で米国の産油量が急増。その分,原油輸入量は激減した。これが国際原油市場を大きく揺さぶる。米国を締め出され,行き場を失ったアフリカ産や南米産の原油が欧州やアジアの市場に押し寄せた。需給バランスは崩れ,原油価格が急落していく。

通例ならば,OPECが産油量を意図的に減らし,原油価格の急反発を演出するところだが,米国政府が自国産原油の輸出を解禁したことから,OPECは市場占有率の低下に警戒感を抱く。OPECは産油量を減らすどころか,増産体制を保持し続けた。原油価格は反発する機会を逃してしまった。OPECが価格調整機能を放棄したことになる。事実上,OPECは空中分解,OPECが国際原油市場を牛耳る時代は終焉を迎えた。

今後,原油価格は低空飛行から脱することはできるのか。原油価格が安定推移する条件とは何か。眼前に広がる新たな価格変動メカニズムを追跡する。

 
 原油価格の推移
(出所)『日本経済新聞』2016年4月18日号。

 
   

原油価格の国際指標としては通例,米国指標となるニューヨーク原油先物のWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート),欧州の指標であるロンドン市場の北海ブレント原油先物,東京商品取引所の中東産ドバイ原油先物が位置づけられる。米国,欧州,アジアそれぞれの市場の動向が価格の推移に影響を及ぼすものの,趨勢としてはWTI,北海ブレント,ドバイ原油の価格は同様の上下運動を繰り返す。そこにさまざまな要因が作用して,原油価格が形成されていく。

基本的には米国の金融引き締め,金利高,ドル高局面では原油を筆頭とする国際商品全般に価格下落圧力がかかる。しかしその一方で,市場がリスクオンムードに傾くと,国際商品市場にもマネーが流れ込むため,下落圧力は緩和されていく。この意味で原油市場は金融・資本市場と無縁の存在ではない。原油は金融商品の一角を占める。

原油価格の直近高値は北海ブレントで2015年10月12日の1バレル51.42ドル。だがその後,低下傾向が継続,2016年1月20日には同27.82ドルの直近最安値を記録した(3)。底打ち後,原油価格は急反発し,2016年4月現在,同40ドル近辺の推移を続けている。

 
   

市場関係者は1バレル30ドルよりも下押しする可能性は低いと見る。その一方で,需給バランスの回復には時間がかかると読む。日量150万バレルとされる供給過剰が吸収される(リバランス)時期は2016年末以降になるとの見方が支配的だ。ただ,2020年を迎えると原油の世界需要は日量1億バレル(現在は同9,600万バレル)に到達,原油価格は1バレル80ドルを回復すると国際エネルギー機関(IEA)は予測する(4)

足元を見ると,市場はOPECに加盟しない代表格の産油国ロシアとOPECの主要産油国とが原油増産を凍結できるかどうかに着目する。

2016年4月17日,OPEC加盟,非加盟産油国の18カ国がカタールの首都ドーハに集結した。その議題は原油増産の凍結問題だったが,協議は決裂。増産凍結合意は先送りされ,紳士協定は不首尾に終わった。今回の焦点は協調減産ではなく,増産凍結。本来ならば減産,生産調整について協議すべきだが,産油国は断固として拒否。市場シェア回復にプライオリティーを置く頑なな姿勢を変えていない。

確かにサウジアラビアは原油輸出で世界首位を誇る。しかしながら,そのシェア低下が著しい。カタール,イラク,米国,アラブ首長国連邦(UAE)は産油量を積み上げてきたが,サウジアラビアのシェアは中国で2013年の19%から2015年には15%と4ポイントも低下した(5)。ロシア産の原油が台頭したからである。ロシア産原油の中国シェアは8.8%から12.6%に急拡大している。南アフリカでのシェア低下はさらに衝撃的。同時期に53%から22%へと急落している。ナイジェリアとアンゴラが食い込んできた結果だ。産油量が増大してきた米国でも同様に17%から14%に減少した。

日本勢も原油調達先の多様化,リスク分散に走る。米国産,メキシコ産,ロシア産(日量29万バレル),中南米産(同11万バレル)原油の調達を増やした結果,中東依存度は81%台で推移,中東産原油輸入量は日量276万バレルにまで減少している(2015年実績)。カナダ産原油も動員すれば,中東依存度はさらに低下する(6)

OPECの盟主を自認するサウジアラビアはイランがドーハ会議に欠席したことに不満を表明,敵対するイランを牽制した。核問題で欧米諸国に科されていた経済制裁が解除されたイランは安値攻勢でシェア奪還を急ぎたい。他方,サウジアラビアはイラン台頭を封じ込めたい。ロシアは両国の対決姿勢に苛立ちを隠さない。

原油価格の下支えを狙うのは産油国全体に共通する認識。本音では1バレル70ドルの回復を切望する。OPEC全体の石油収入はピーク時である2012年の1兆2,000億ドルから2015年には5,000億ドルに急減,2016年では3,200億ドルとさらに下押しすると見通されている(7)。当然,原油安が産油国の台所を直撃,産油国は景気悪化に見舞われているが,政治的・外交的思惑と経済的合理性のいずれが優越するか。原油相場が安定推移しない要因となっている。

協議決裂を受けて,原油市場では失望売りが広がったが,そもそも設備更新が必要なイランの増産ペースは緩慢なうえ,2016年の原油需要は対前年比で日量120万バレル増と試算されている。イランの産油量は日量280万バレルで増産余力は同50万バレルにとどまる(8)。イランの原油輸出量は2016年3月時点で日量200万バレルを突破したものの,供給余剰感は早晩,解消に向かう。

 
   

シェール革命の本格始動以降,米国の産油量は急増,2008年の日量500万バレルから2015年4月には同970万バレルに膨らんだ(9)。しかし,2015年通年では対前年比マイナス5%と減少に転じ,2016年も通年で同じくマイナス4%の減産,2017年の産油量は日量820万バレルになると予想されている。

米国の産油量が頭打ちとなった背景には,原油価格の急落で米国内シェール企業の採算が悪化,資金繰りに窮する企業が続出し,倒産を余儀なくされるケースが相次いでいる事情がある。

米シェール大手7社の最終損益は2014年の110億ドル(黒字)から370億ドルの赤字に転落,売上高の急減と減損処理に悲鳴を上げる(10)。コスト削減を徹底し,生産・開発投資も大幅に抑制せざるを得ない窮状だ。早速,デボン・エナジーは生産量を1割ほど絞り込む方針を表明している(11)

シェール企業は開発資金を金融機関から借入してきたが,業績悪化でその返済能力は急低下,多額の負債が経営の重荷になっている。2016年4月にはシェール中堅のエナジーXXIに引き続いて,グッドリッチ・ペトロリアムが経営破綻した。グッドリッチの負債総額は5億ドルに達する(12)

 
   

原油価格の底打ちを確認した投機筋は値上がりすると読み,買い越しに転じていく。一方,大口ユーザーといった実需筋も値下がり局面で買いを入れる。投機筋も相場が下降局面に入ると,すかさず買い持ち高の解消に動く。投機筋と実需筋の売り買い動向が原油相場を大きく動かす。相場が荒いゆえんでもある。ただ,持続的回復を期待するにはファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)は依然として弱い。2016年の世界経済成長率は2.5%と景気後退(リセッション)をかろうじて回避する程度だ(13)。原油価格の先高感はいまだ醸成されていない。

 
   

原油増産意欲が旺盛な産油国はイラク,イラン,ナイジェリア,ロシア。

石油部門に外資を積極的に誘致したことが奏功したイラクの産油量は日量400万バレルに急拡大している(14)。また,ロシアの産油量は2016年3月,日量1,090万バレル,ソ連邦崩壊以降で最高水準を記録した。ただし,非OPEC産油国は新規プロジェクトを見送っているため,全体としては原油生産量を減少させている。

 
   

原油需要の増加量は2016年で日量120万バレルと過去5年よりも多いと予測されている。

念のために明記しておくが,中国の原油輸入量は増え続けている。原油価格低迷の原因が中国の需要減少にあるとの指摘は的を射抜いていない。中国の原油輸入量は2015年実績で日量674万バレル(純輸入量は同650万バレル)と対前年比8.8%増となった(15)。この数値は経済成長率6.9%を上回るだけでなく,過去最高水準を舞う。

ただし,航空機,乗用車,家庭用燃料の消費が増加する一方,建設機械,トラックの燃料消費は鈍い。戦略石油備蓄を積み上げていることも輸入増加の原因の一つとなっている。国家備蓄は2015年末で1億9,000万バレル,官民合計で4億3,000万バレルに達する(16)。国内生産を抑制し,輸入量を増やしている要因も軽視できない。それでも中国の石油需要は2015年に対前年比4.1%増。いずれにせよ,中国の石油需要が減少している事実は見当たらない。

 

要するに,現段階では原油の余剰感は解消されていないものの,2017年に入れば,需給ギャップは縮小し,需給が好転すると考えられる。原油価格,ことに先物は需給好転をいずれ織り込んでくる。この先,急落する可能性はかなり低くなった。1バレル80ドル水準の回復を見込める。

 

(1) Financial Times, April 16, 17, 2016.

(2) 『日本経済新聞』2016年4月18日号。

(3) Financial Times, April 13, 2016.

(4) 『日本経済新聞』2016年2月23日号。

(5) Financial Times, March 29, 2016.『日本経済新聞』2016年4月20日号。

(6) 『日本経済新聞』2016年2月23日号。

(7) 『日本経済新聞』2016年2月19日号。

(8) 『日本経済新聞』2016年4月4日号。

(9) Financial Times, April 13, 2016.

(10) 『日本経済新聞』2016年2月26日号。

(11) 『日本経済新聞』2016年3月4日号。

(12) 『日本経済新聞』2016年4月16日号。

(13) Financial Times, April 6, 2016.

(14) 『日本経済新聞』2016年4月20日号。

(15) 『日本経済新聞』2016年4月8日号。

(16) 『日本経済新聞』2016年3月17日号。

 
   
 







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