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連載・地殻変動する国際エネルギー資源業界


           大阪商業大学総合経営学部教授・経済学博士・中津孝司
 




  

 
   

世上にわかにトランプ,トランプとかまびすしい。だが,ドナルド・トランプ次期米大統領は怪獣でもなければ,猛獣でもない。われわれと同じ人間である。それに加えて,賢明にも合衆国憲法は大統領が悪人の可能性があることを前提に工夫されている。辞任に追い込むことができる上,トランプ新大統領の場合,任期途中で政権を投げ出す可能性すらある。

いずれにせよ,今回の選挙結果を見て判明したことは,米国の有権者がホワイトハウス(米大統領府)の政治を否定したことである。米有権者は民間のトランプ候補に1票を投じた。傍系であるとは言え,トランプ新大統領は共和党出身である。議会選挙でも共和党が優勢となり,民主党が下野した今日,いわゆるねじれ現象が解消した。オバマ政権期よりも政治運営は円滑に進展する。

トランプ新政権下では1兆ドルにおよぶ財政出動と大規模減税といった景気刺激策が断行される。規制緩和も推進されることから,トランプノミクスはレーガノミクスを彷彿させる。市場は先読みして,すでにドル高・株高・金利高局面に大転換している。インフラ整備にも力点が置かれることを背景に,素材や金属の相場も反転してきた。少なくとも,市場はトランプ新大統領の誕生を歓迎しているようだ。

オバマ政権期に冷や水を浴びせられた米国の伝統的産業が一斉に巻き返しを図るだろう。石油産業を筆頭に資源エネルギー産業,金融,自動車,防衛などを代表とする重厚長大型の産業が息を吹き返すだろう。反面,隆盛を極めたIT(情報通信)産業は脇役に甘んじざるを得ない。トランプ政権が原油増産を奨励することは間違いがない。これが国際原油市場の景色を変化させていく。

トランプ新大統領はエネルギー自給率の向上を目指す。いわゆる「シェール革命」で米国の産油量が激増し,原油の輸入量は激減しているが,今後もこの傾向が続く。早晩,米国は中東産油国の原油を必要としなくなる。これが中東地域から米軍が撤退する誘因となる。西側自由世界はこの米軍撤退を危惧するけれども,米国の納税者が納得しない以上,いたし方がない。トランプ政権の誕生で撤退の時期が少々早まるだけである。

トランプ新政権は対イラン金融制裁解除を反故にするかもしれない。そもそも共和党は制裁解除に反対していた。イスラム教シーア派の最高指導者が君臨する実態に変化がない以上,金融制裁解除は時期尚早だったと判断することは決して誤りではない。国際社会が制裁解除に舵を切っても,中東地域の対立の構図は残存している。中東地域が世界の火薬庫である現実にいささかの変化もない。

西側自由世界は米軍撤退を所与とする世界の安全保障体制を構築していく必要がある。中東地域の空白をいち早く埋めようと野望を抱く国がロシア。南下政策はロシアの専売特許である。ただし,ロシアが暴挙を繰り返すのは決まって原油高局面。原油価格が低空飛行を続ける限り,ロシアの軍拡は限定的だ。ロシアの軍事行動は国際原油市場に左右される。

ロシアの南下やイランの地域覇権を未然に防ぐには,既存システムを前提とするならば,北大西洋条約機構(NATO)を有効利用する以外に方策はない。トルコのNATO脱退を食い止めつつ,ペルシャ湾岸産油国のNATO加盟を推し進めていく必要性が生じる。米軍主導からNATOの集団安全保障体制を基軸とする戦略に転換していかざるを得ない。

いわゆるリバランスはトランプ政権下でも進展する。米国はアジア太平洋地域の一員であることを自覚するようになるだろう。太平洋を挟んで米国と中国とが睨み合う色彩を濃くしていくはずである。日本国の生存は自立自強による防衛政策で実現していくことが王道である。核兵器の保有も含めて,自国の軍事力で自国を防衛できる体制構築が必要であることは言うまでもない。これは地球上の独立国家すべてに認められている当然の権利であろう。

 
 
   

化石燃料の増産でエネルギー自給率を高めると同時に,エネルギー産業への規制撤廃をトランプ新大統領は推進していく。州法と司法による判断次第だが,趨勢としては米国の原油,天然ガス,石炭の増産が進み,結果として,化石燃料の輸入量は激減,脱中東依存度が急低下する。

余剰の資源エネルギーは自ずと米国市場から流出し,国際市場に溢れ出す。無論,これは国際価格を押し下げる要因となる。一方,イラン封じ込め戦略が展開されれば,イラン産原油の輸出には向かい風となる。これは原油相場を押し上げる要因となる。石油輸出国機構(OPEC)の影響力に陰りが生じて久しいが,今後も米国を含めたOPEC非加盟産油国の原油生産動向が国際原油相場を揺さぶる構図が続く。

米大統領選挙戦の渦中,モスクワはトランプ陣営と頻繁に接触を重ね,秋波を送り続けた。しかし,クレムリン(ロシア大統領府)の思惑どおりにトランプ新大統領がロシア敵視を修正するかどうかは不透明である。トランプ新政権の顔ぶれを見ると,強硬派がずらりと並ぶ。ロシアの期待どおりに対露強硬姿勢を転換するかどうかは不透明である。

加えて,ロシアでは突如として,ウリュカエフ経済発展相が連邦捜査委員会に収賄容疑で拘束され,刑事訴追された。同経済発展相には気の毒だが,刑事訴追されたおかげで,プーチン政権下での権力闘争の構図が鮮明となった。

メドベージェフ首相を中核とするリベラル経済派とロシア国営石油最大手ロスネフチのセチン社長らを軸とする,いわゆるシロビキ(治安機関出身閥)との間で壮烈な闘いが繰り広げられている印象を受ける。仮にメドベージェフ首相をプーチン大統領の後継者候補とすると,シロビキがメドベージェフ首相を追い落とそうと,周辺から攻め込む戦法であることがわかる。シロビキによるリベラル派の拘束や逮捕が相次ぐかどうか。

この拘束劇を境に,プーチン大統領の対日強硬姿勢が強まっている。プーチン大統領でさえシロビキを軽視できないのであろう。シロビキは自陣営から次期大統領を擁立したいのだろう。シロビキが優勢となれば,プーチン大統領は次期大統領選への出馬を見送るかもしれない。当然,クレムリン内の権力闘争は日露関係,米露関係にも影響する。シロビキの巻き返しで対日,対米とも強硬姿勢を強めるかもしれない。

たとえロシアがOPECの進める産油量増産凍結に同調するとしても,ロシアの石油企業が産油量を絞り込むとは考えられない。国営のロスネフチでさえも増産姿勢を強めている。図表からも明らかなように,ロシアの産油量は積み上がっていく。米国の産油量も確実に増えていく。国際原油価格はOPECではなく,非OPEC産油国が主導する。1バレル50ドルを大きく上回る展開は予想できない。

 
 ロシアの産油量の動向と見通し
(出所)『日本経済新聞』2016年10月6日号。

 

  

前回(「第7回 ロシアとサウジアラビア,そして米シェール」)はこちら

「第6回 日本が産油国を救済する」はこちら

関連記事「国民投票後の英国と欧州連合」はこちら

「第5回 窮地に追い込まれるロシアの石油・天然ガス産業(2)」はこちら

「第4回 窮地に追い込まれるロシアの石油・天然ガス産業(1)」はこちら

「第3回 凋落する石油王国・サウジアラビア(2)」はこちら

「第2回 凋落する石油王国・サウジアラビア(1)」はこちら

「第1回 原価価格変動の新メカニズム」はこちら
   
 







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