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中東世界で何が起こっているのか


        大阪商業大学総合経営学部教授・経済学博士・中津孝司
 




自国の論理が世界で通用すると勘違いしている為政者が今もって残存する。常日頃の傲慢ぶりが罪悪に対する感覚を麻痺させ,犯罪に手を染めることになる。庶民であれば,即,御用となるが,最高指導者,独裁者となると,国内で罪が問われるとは限らない。しかし,国際社会は黙っていない。
北朝鮮の独裁者は実兄を暗殺し,多数の外国人を拉致してきた。中国の独裁者は少数民族の人権を著しく軽視し,収容所送りとしている。サウジアラビアのムハンマド皇太子は王室批判を展開するジャーナリストを闇に葬った。人権に敏感な欧米諸国のメディアは言論封殺だと一斉に批判のトーンを強めている。

1.サウジアラビアの闇

2018年10月2日,トルコ経済・金融の中心地イスタンブールにあるサウジアラビア総領事館内でサウジアラビア人ジャーナリストのジャマル・カショギ氏が殺害された。 ムハンマド皇太子に非難の矛先を向けてきたことを警戒する皇太子が暗殺を命じたことは明々白々で,暗殺チームが皇太子の命令でイスタンブールに送り込まれて,ターゲットを射止めた。
ムハンマド皇太子は敵対するイランとの代理戦争の舞台となっているイエメン内戦への軍事介入を主導する。 内戦泥沼化の責任は明らかにムハンマド皇太子にある。カタールに絶縁状を突きつけて,外交を断絶,経済封鎖に追い込んだ。 衛星テレビ局のアルジャズィーラが報じる強権統治批判の報復が外交断絶の主目的である。 立腹したカタールはサウジアラビアが主導する石油輸出国機構(OPEC)を脱退してしまった。 加えて,レバノンのハリリ首相がサウジアラビアを訪問した際には長期間,拘束している。
ムハンマド皇太子には改革開放の旗手と残忍な独裁者という表裏が備わっている。 ソフトバンクグループ(SBG)はサウジアラビアをパートナーとする10兆円規模の投資ファンドを運営するが,SBG社長はムハンマド皇太子の微笑に騙された。 米シリコンバレーの新興企業にとってサウジアラビアが最大の資金供給源となっている現実も直視しなければならない。 米ウォール街にもサウジアラビアの資金力が浸透する。その中心部にムハンマド皇太子が鎮座する。 サウジアラビアマネーを受け入れるすべての国家,企業がそのリスクに身構える局面に突入した。不信を募らせる投資家はサウジアラビア政府と距離を置く。
国営石油会社サウジアラムコの新規株式公開(IPO)は事実上の断念に追い込まれたが,サウジアラビアの改革開放路線が頓挫する公算が大きくなった。 未来都市・NEOM事業の先行きにも不透明感が強まる。2001年9月の米同時多発テロでは実行犯19人のうち15人がサウジアラビア人だった。 テロで死亡した遺族や負傷者はサウジアラビア政府に損害賠償を請求できるが,サウジアラビアにとっては訴訟リスクとなる(1)。 もちろんムハンマド皇太子が描く「脱石油」への道は空中分解する(2)。 そもそもサウジアラビアは「サウド家のアラビア」という意味で,王家が国名になっているなど,国際標準からは逸脱した存在である。
ムハンマド皇太子の国際的信用はすでに失墜しており,王室内の権力闘争が激化する危険性を秘めている。 サルマン国王はムハンマド皇太子の権限縮小を模索しているという(3)。 権力闘争はサウジアラビアの国内問題だが,中東世界の勢力図や秩序が塗り替えられる可能性を否定できない。 石油をある種の武器として国際政治力を行使してきたサウジアラビアだが,この戦略が仇となるリスクが浮上している(4)
言うまでもなく,サウジアラビアはアラブ・イスラムとOPECの盟主で, 産油国による産油量増減措置で主導権を握ってきた(スイング・プロデューサー=生産調整役)。 ただ,OPEC非加盟である石油大国ロシアの協調姿勢が必要で,石油政策でロシアからの協力を得る必要がある。 ロシアとしても対サウジアラビア接近は中東地域でそのプレゼンスを高める。 と同時に,米国主導の中東秩序に楔を打ち込める。
反対に,国際原油価格の上昇に神経を尖らせるワシントンはサウジアラビアに原油増産を迫る。 その一方で,米国政府は中東地域での影響力を保持するために,ペルシャ湾岸産油国に武器・兵器を売り込み,航空機も大量輸出したい。 サウジアラビアと貿易関係を維持したいのは日本や欧州諸国も同様である。 だが,サウジアラビア‐ムハンマド皇太子に依存する中東戦略は修正を余儀なくされている。
中東世界でサウジアラビアの影響力に陰りが生じると, これに乗じて敵対勢力が挽回を図ろうとする。勢力の均衡が崩壊し,中東情勢が混迷を深めてくる。 殺害の現場となったトルコは事件を機に勢力を拡大できると算段する。早くもカタールマネーがトルコに流入する。 イスラム教シーア派勢力を束ねる,サウジアラビア,米国両国の宿敵イランも中東世界で主導権を握りたい。イランやトルコの背後にはロシアが控えている。 ホワイトハウスが目論むイラン包囲網構築戦略は完結しそうにない。

2.イランの反撃は奏功するか

サウジアラビアが抱え込む社会問題は程度の差こそあれ,ペルシャ湾岸産油国に共通する。 この間隙を突こうと虎視眈々と狙う代表国がイラン。サウジアラビアの凋落を好機としたいテヘランは中東地域でのプレゼンス強化に動く。
ただ,トランプ米政権がイラン核合意(5)からの離脱を表明,経済制裁発動へと舵を切ったことから, イランは米ドル経済圏から放逐され,イランを取り巻く外部環境が極度に悪化。 原油輸出の拡大に急ブレーキがかかっている(イランの産油量は2018年10月実績で日量329万バレル(6))。 オイルマネーに依存するイランにとって大打撃となる。国際原油市場の撹乱要因にもなっている。
イランが直面する喫緊の課題は不況の克服。市民生活には基軸通貨国・米国が発動する経済制裁の悪影響が忍び寄る。
イラン当局は秘密裏に原油を大型タンカーに積み込んで輸出する,すなわち密輸に乗り出すことで急場を凌ごうとしている(7)。 また,ワシントンとの対決姿勢を鮮明にしているロシアはイランを援護射撃。イラン産原油をシリアなど第3国に輸出して,イラン経済を下支えしている(8)。 と同時に,イランによるイスラム教シーア派武装勢力に対する資金援助にも援用されている模様だ(9)。 中国も助け舟を出す。中国政府は人民元建ての原油輸入を増やす構えでいるという(10)
最高指導者アリ・ハメネイ師は抵抗経済を強化せよと叫び(11),米国と交渉しない(12)と対米交渉を禁じるなど,あくまでも強気の構え。 重ねてハッサン・ロウハニ大統領も制裁による打撃はないと強調する。 しかしながら,閉鎖経済下で既得権益層には利益をもたらした反面,通貨の下落が市民生活を苦しめる。
米国による対イラン制裁は通貨リアルの下落圧力となる。イラン中央銀行は米ドル売り介入でリアルを買い支えているものの(13), 通貨急落が原因ですでに食料品価格が上昇,インフレが加速するリスクが蔓延している(14)。 国際通貨基金(IMF)は2018年の物価上昇率を30%と見通し,経済成長率は2018年がマイナス1.5%,2019年でマイナス3.6%に沈むと予測している(15)。 マイナス成長とインフレのダブルパンチがイラン国民を襲う。

イラン産原油は中国(輸出に占める比率は24%,2017年実績,以下同様),インド(18%),韓国(14%),トルコ(9%), イタリア(7%),日本(5%),フランス(5%),アラブ首長国連邦(UAE,5%),その他(13%)とアジア諸国を中心に輸出され,輸出先の原油需要に応答している(16)。 日本が輸入する原油に占めるイラン産原油の比率は5.3%(2017年実績)である(17)
オイルマネーがイラン経済を支える一方,石油消費国の需要を満たす。この補完関係は米国政府の対応次第で,崩壊する危機に直面する。 この危機はイラン経済を直撃する危険性も内包する。この閉塞状況をイラン当局は手荒い手法で突破しようと試みるが,果たして突破できるのか。 親日国イランを取り巻く情勢は石油消費国・日本にとっても他人事ではない。


(1) 『日本経済新聞』2018年8月31日号。
(2) Financial Times, October 13, 14, 2018.
(3) Financial Times, November 13, 2018.
(4) Financial Times, October 16, 2018.
(5) イラン核合意とは米国,英国,ドイツ,フランス,中国,ロシアとイランが2015年7月に合意,2016年1月に履行。 米国,欧州連合(EU)が独自制裁を解除,過去6本の国連安保理決議が解除。 代わりにイランは濃縮ウラン貯蔵量や遠心分離機の大幅削除などを受け入れた(『日本経済新聞』2018年11月5日号)。
(6) 『日本経済新聞』2018年11月14日号。
(7) Financial Times, September 22, 23, 2018.
(8) Financial Times, October 22, 2018. Financial Times, November 3, 4, 2018. Financial Times, November 21, 2018.
(9) Financial Times, November 24, 25, 2018.
(10)『日本経済新聞』2018年8月31日号。
(11)『日本経済新聞』2018年11月21日号。
(12)『日本経済新聞』2018年8月14日号。
(13)Financial Times, August, 28, 2018.
(14)Financial Times, November 1, 2018.
(15)『日本経済新聞』2018年11月6日号。
(16)『日本経済新聞』2018年11月4日号。
(17)『日本経済新聞』2018年9月7日号。
  



  

前回(「第4回 北朝鮮は本当に核兵器を放棄するのか」)はこちら
 


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