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激震走るサウジアラビア情勢


           大阪商業大学総合経営学部教授・経済学博士・中津孝司
 




  


 
   

有力王子や現職閣僚,それに大富豪が突如として拘束された。容疑者数は空前絶後の200人以上。サウジアラビア政府が勅令を通じて汚職容疑で解任,粛清したのである。ここにはアブドラ前国王の息子であるムトイブ王子・国家警備相,アサフ元財政経済相やファキーフ経済相も含まれる。逃亡を防ぐために,プライベート空港が閉鎖され,首都リヤドにある高級ホテル・リッツカールトンに軟禁されているという。現地では「11月4日革命」とも表現される(1)。サルマン家vsアブドラ家の闘い。サルマン家に軍配が上がったのだろうか。

周知のとおり,サウジアラビアでは絶対王政が貫徹,サルマン国王(King Salman)がその頂点に立つ。ところが,このサルマン国王は息子のムハンマド皇太子(Crown Prince Mohammed bin Salman)に譲位して,性急に権力の継承を進めたい。円滑に即位するには宮廷クーデターの芽を摘み取っておかなくてはならない。

サルマン国王は伝統となっているコンセンサス統治を無視して急遽,反汚職委員会を設置,ムハンマド皇太子を長とした。反汚職を錦の御旗として反乱分子,抵抗勢力を一掃,根絶したいのだろう。

ムハンマド皇太子はすでに国防相を兼務するだけでなく,国防,警察,警備の治安組織を掌握。2016年1月に断行された対イラン外交謝絶,2017年6月に発表された対カタール断交を主導,イエメン内戦への軍事介入も画策してきた。

逮捕された王族の中には著名な投資家であるアルワリード王子(Prince Alwaleed bin Talal)が含まれている。米金融大手シティグループやツイッターなど国際企業に出資する投資会社キングダム・ホールディングスを経営,「アラビアのバフェット(米有名投資家)」と称される(1)。サウジアラビアの王族はここに資産を預けていた。グローバル企業のトップともつながるアルワリード王子の資産は180億ドルに及ぶとされる。

権力闘争を強権で抑え込み,将来の国王の椅子を射止めるムハンマド皇太子に権力,権限を集中させようとする強引な試みだ。自由世界から見ると,異様な光景だろう。権力集中は必要悪なのか。

何よりもサウジアラビアを取り巻く社会経済環境が厳しい。この石油王国は国際原油価格の動向に右往左往せずにはいられない。原油価格は最悪期からは脱したものの,1バレル50ドル台にとどまっている。サウジアラビアが盟主とされる石油輸出国機構(OPEC)。しかし,OPECが原油価格を牛耳る時代はもはや終焉を迎え,代わって,米国のシェールオイルが主役に躍り出る局面に入っている。

漸進的ではあるものの,ガソリン自動車,ディーゼル車から電気自動車(EV)にシフトすると同時に,石油火力,石炭火力から再生可能エネルギーへとバトンタッチされるという脱化石燃料が産業変革の世界的な課題となった。

サウジアラビア政府は脱石油の道,すなわち構造改革「ビジョン2030」を模索しているが,遅々として進んでいない。国民に痛みを強いる茨の道だからだ。

サウジアラビアでは政治に介入しない見返りとして,経済的な負担が免除されてきた。一種の社会契約が国民と政府との間で成立していたのである。だが,国民に納税を求める段階に突入すれば,国民は政治参加を要求するだろう。王室が是が非でも回避したい民主化を問われることになる。そうなると,王室が保持する特権は大きく削られる。次期国王が民主化の嵐に矢面に立ってしまう。

総人口(3,228万人,うち73%が自国民,1,000万人はアジアからの出稼ぎ労働者)の半分が20歳以下という人口構成である以上(3),若年層に雇用の場を提供し続けていく必要がある。今後10年間で,労働人口の2倍に匹敵する450万人が労働市場に参入してくる。にもかかわらず,足元では若年層の失業率が4割に達する(4)。これでは社会不安を醸成してしまう。事実,経済成長率はゼロ近辺で張り付いている(5)

財政赤字(2016年の財政赤字は790億ドル(6))を抱えるサウジアラビアで公務員や国営企業の従業員は増やせない。民間部門で雇用を創出することが不可欠となる。徹底した市場経済が機能するにはやはり民主化は避けて通れない。政治の民主化と経済の市場化は車の両輪である。ここではいずれも意思決定上の透明性が要請される。サウジアラビア王室は早晩,ジレンマに直面するだろう。

王族から特権を剥奪する手法に国民は歓迎するだろう。粛清した人物から1,400以上に及ぶ銀行口座を凍結,没収した巨万の富(1,000億ドルにのぼるとされる(7))を財政赤字の補填に充当すればなおさらのことである。凍結された口座の90%が王族の口座だという。一説によると,資産の70%を国庫に上納することで解放される取引だという(8)。サウジアラビア高官は逮捕劇が公正な社会創出の重要な一歩になると胸を張る。

だが一方で,構造改革には外国資本が必要とされるにもかかわらず,外国人投資家はサウジアラビアの政治リスク,不確実性を認識せざるを得ない。信用が失墜することは間違いがなく,サウジアラビアからマネーが流出する契機を政府自らが市場に提供してしまった。事実,サウジアラビア国債に売り圧力がかかっている。

2018年には国営石油会社サウジアラムコが新規株式公開(IPO)に踏み切る。サウジアラムコ株5%が市場に放出され,株式時価総額は2兆ドルに達するのではないかと期待されている(9)。しかし,サウジアラビアリスクが過度に意識されると,計画に支障を来たす。結局は株式上場が見送られ,中国がサウジアラムコを丸呑みするシナリオもあり得る。

サウジアラムコは化学大手のサウジアラビア基礎産業公社(SABIC)と200億ドルを投じて,サウジアラビア国内に世界最大規模の石油化学コンビナートを2025年の操業開始を目標として建設する。日量40万バレルの原油を処理,高品質の化学製品を増産して(年間900万トン),産業構造の多角化を加速するという。輸出標的市場はアジア市場である。いわゆる川下部門を育成することによって,3万人の新規雇用とサウジアラビアの国内総生産(GDP)を1.5%押し上げる経済効果が見込まれている(10)

粛清された人物の大半はサウジアラビアの経済実験である包括的な経済変革構想「ビジョン2030」に反旗を翻してきたわけではない。大富豪であることは確かだが,サウジアラビア流の資本主義を踏襲していただけに過ぎない。汚職が蔓延っていることは事実だが,摘発劇には腑に落ちないところが多い。ムハンマド皇太子の権力基盤を強化し,権力の集中を推進するための方便だろう。この度を越えた権力集中が権力闘争の熾烈化といった悲劇を招く導火線になるリスクも秘めている。

このリスクは今,対イラン強硬姿勢に投影されている。サウジアラビアがイランと外交関係を断絶して2年の歳月が流れたが,対立の沸点には今もって達していない。

イスラム教シーア派を切り口に,イランはイエメンで反体制派のイスラム教シーア派武装組織フーシ(Houthi)を支援する一方,シリアのアサド政権をロシアとともに支える。イエメンからはサウジアラビアのリヤド近郊にある国際空港に弾道ミサイルが発射された。サウジアラビア側はこれを迎撃したが,フーシによるミサイル攻撃だとの見方が支配的だ。

地中海に面する小国レバノンではイスラム教シーア派武装組織ヒズボラ(Hizbollah)が,パレスチナではイスラム原理主義組織ハマス(Hamas)がイランを後ろ盾とする。レバノンのサード・ハリリ(Saad al-Hariri)首相はイスラム教スンニ派であるにもかかわらず,ヒズボラから支持を得ているとされる(11)。ヒズボラは民兵組織であると同時に,有力政党でもある。レバノンにはシリアから多数の難民が流入している(12)

他方,サウジアラビアはイエメンのハディ暫定政権を援助しつつ,シリアの反体制派を支援してアサド政権崩壊を目指す。と同時に,反ヒズボラキャンペーンを展開,リヤドはヒズボラがフーシにミサイル技術を供与していると主張する(13)。ヒズボラを攻撃の標的とすることでイランに圧力を加える戦略だ(14)。サウジアラビア滞在中のハリリ首相に辞任を強要したのはヒズボラの影響力を削ぐために他ならない(15)。ハリリ首相はその後,フランスとエジプト経由でレバノンに帰国している。

だが,サウジアラビアとヒズボラの対立が深刻化すると,たちどころにレバノン経済を追い詰めることになる(16)。レバノン経済はペルシャ湾岸諸国で出稼ぎ労働する者からの送金によって支えられている。サウジアラビアを筆頭に(40万人のレバノン人が働いているとされる(17))ペルシャ湾岸諸国からレバノン人労働者が締め出される事態に発展すると,外国送金が失われてしまう。ヒズボラを破滅に追い込むのではなく,レバノン経済破綻へと導いてしまう。これは国際問題となる。

サウジアラビアとイランは互いの直接攻撃を避けながらも,内戦が長期化するイエメンやシリア,それにレバノンで代理戦争を展開しているのである。レバノンではサウジアラビアがハリリ首相に辞任要求を突きつけ,露骨にも政治介入した。サウジアラビア当局は自国民にレバノンからの退避・渡航自粛勧告を出している。

サウジアラビアとイランとの間で繰り広げられている冷戦が今後,熱戦へと展開を遂げても決して不思議ではない。

問題はこれで終わらない。サウジアラビアのムハンマド皇太子とトランプ米政権のインナーサークルとは蜜月関係にある。ムハンマド皇太子が権勢を誇示できる根拠の一つとなっている。一方,アルワリード王子とトランプ大統領は不仲だ。この対立構図が今回の粛清劇に投影されている。個人的な関係が外交にまで影響を与えている。

ただ,サウジアラビアはOPEC非加盟の産油国ロシアと原油生産の減産で協調する反面,ロシアはイランとの関係強化に熱心だ。ロシアの国営石油企業ロスネフチ,国営天然ガス独占体ガスプロムなどエネルギーグループがイラン国営石油会社(NIOC)などイラン側と総額300億ドルに上る戦略的エネルギー協力を打ち出している(18)

言うまでもなく,ワシントンはサウジアラビアを含むペルシャ湾岸産油国を軍事的に防衛する一方,イラン敵視を徹底化する。サウジアラビアとイランとの代理戦争は直線的に米露対立を演出する。中東がその最大の舞台であることは否定できない。

 

(1) Financial Times, November 11, 12, 2017.

(2) 『日本経済新聞』2017年11月6日号。

(3) 『日本経済新聞』2017年11月18日号。

(4) 『日本経済新聞』2017年11月7日号。

(5) 『日本経済新聞』2017年11月18日号。

(6) Financial Times, November 18, 19, 2017.

(7) Financial Times, November 25, 26, 2017.

(8) Financial Times, November 17, 2017.

(9) Financial Times, November 6, 2017.

(10) 『日本経済新聞』2017年11月27日号,『日本経済新聞』2017年11月28日号。

(11) 『日本経済新聞』2017年11月18日号。

(12) 『日本経済新聞』2017年11月23日号。

(13) Financial Times, November 9, 2017.

(14) Financial Times, November 11, 12, 2017.

(15) Financial Times, November 14, 2017.

(16) Financial Times, November 17, 2017.

(17) 『日本経済新聞』2017年11月23日号。

(18) Financial Times, November 3, 2017.

 








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