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窮地に立つプーチン政権

大阪商業大学総合経営学部教授・経済学博士・中津孝司
 伊勢神宮の参拝に合わせて,安倍晋三首相は2019年1月初旬,恒例の年頭記者会見に臨んだ。その場で,安倍首相はロシアとの平和条約締結に向けてのロードマップを描いて見せた。安倍首相は北方領土問題に必ずや終止符を打つと豪語するが,残念ながら,実現する可能性はきわめて低い。1956年の日ソ共同宣言を基盤に,「新たなアプローチ」とされる方針でロシアと信頼関係を構築し,領土問題を解決,平和条約を締結すると胸を張る。
 しかしながら,たとえ共同経済活動を積み上げて,日本が対ロシア協力を推進しても,領土問題は解決できない。ロシア側に領土を返還するメリットがないうえ,プーチン政権のお家の事情が対日譲歩を許容しないからである。ロシアとは今後とも不毛の論争が続く。
 確かにロシアは核兵器大国であるけれども,その産業構造は今もって,一次産品に輸出を過度に依存する発展途上国型にとどまっている。輸出は主として,原油・天然ガスを代表とする資源エネルギー,原子力発電所,武器・兵器に偏っている。そのほかの製品に国際競争力は備わっていない。
 日本の家庭にロシア製の製品がないことを見れば,日本国民にとってロシアがいかに馴染みの薄い国であるかがわかる。中小企業の裾野も広がらない。きわめて脆弱な経済構造に甘んじている。政治的野心だけは一人前だが,いかんせん経済水準が国際標準に遠く及ばない。ロシアは中国と同様に,世界をリードする資質を決定的に欠いている。

1.ロシア経済の脆弱性

 ウクライナ領クリミア半島をハイブリッド攻撃で奪った懲罰として,欧米諸国はロシアに経済制裁を発動,現在も制裁は解除されていない(1)。ロシアはウクライナ東部地域も占拠,虎視眈々とウクライナ併合を狙う。明らかに侵略戦争である。ロシアの警備当局がクリミア半島近海でウクライナ海軍の艦船を攻撃,拿捕したことも記憶に新しい(2)
 この結果,ロシアは事実上,米ドル経済圏から放逐され,遮断されている。今やロシア経済の生命線は欧州諸国と中国とをつなぐ原油と天然ガスのパイプラインのみとなった。ロシアの産油量は2018年12月実績で過去最高水準の日量1,142万バレルに達している(3)。天然ガスの対欧州輸出量は2018年通年で2,000億立方メートルを突破,過去最高を更新している(4)。安値攻勢で市場シェア維持を強化する方針を貫徹している。
 制裁や原油安で困り果てたロシアは隣国の中国に泣きつき,金融援助を要請するとともに,対米国牽制で共同戦線を張る。一方のホワイトハウスはいわゆる,「ロシアゲート疑惑」で民主党主導の下院に手足を縛られ,身動きが取れない。
 グローバル経済の世界で孤立主義が通用するはずはなく,さまざまな手口を行使して,対話を試みるが,クリミア半島をウクライナに返還しない限り,制裁解除は実現しない。また,モスクワもクリミア半島を返還する意思は微塵もない。結果,対ロシア経済制裁は長期化する。
 先進諸国の原油需要はともかくも,中国とインドの原油需要は依然として旺盛だが,国際原油価格は萎縮する金融市場と共鳴,足元では低迷状態が続く。リーマンショック(金融危機)前夜のような熱狂からは程遠い。ロシアの原油増産意欲が強いことも原油安の一因になっている。
 ロシアの財政状況は厳しく,財政赤字が続く。また,米連邦準備理事会(FRB)が金融引き締めに舵を切ったことから,新興国からのマネー流出が顕著となっている。ロシアの通貨ルーブル相場にも下落圧力がかかる。通貨安が輸入インフレを誘発する。
 日本政府は西側諸国が見限るロシアと向き合おうと試みている。ロシアは国際的孤立状態に置かれていないとする口実に東京を都合よく利用している。この21世紀に前近代的な手法でクリミア半島を略奪したロシアが謙虚にも北方領土を返還する訳がない。日本政府はこの際,幻想を捨て去るべきである。
 クレムリン(ロシア大統領府)は分断作戦を好む。サイバー攻撃も動員,外交戦術を巧みに駆使して,欧米分断,日米分断,欧州分断を図る。その一つの方法がロシア産エネルギー供給網,ネットワークに組み入れていくことである。ソ連邦時代から欧州諸国に原油と天然ガスを供給してきたが,現在ではトルコ,中国など周辺,近隣諸国にも供給網を拡大しつつある。日本にもロシア産の原油と液化天然ガス(LNG)が陸揚げされるに至っている。ただそれでも,日露貿易総額は2017年で200億ドルに過ぎない(5)。ロシア産LNGの世界輸出量は2040年までに年間2,400万トンまで拡大する見通しとなっている(6)
 ドイツには既存のパイプラインに加えて,新たな天然ガスパイプラインがバルト海海底に建設されている。すでに「ノルドストリーム1」は稼動,現在,「ノルドストリーム2」事業の推進でドイツ,ロシア両国が合意している(7)
 また,トルコには「ブルーストリーム」だけではなく,「トルコストリーム」と命名される天然ガスパイプラインも敷設されている。その総延長は930キロメートル,輸送能力は年間315億立方メートルで,その半分はトルコに,残余は欧州諸国に輸出される(8)
 その一方で,対ロシアエネルギー依存度を引き下げようとする欧州諸国もある。たとえば,ポーランドは米国産LNGの輸入に熱心だ。米国産LNGは今後,欧州大陸を目指す(9)
 ロシアは中国も重要な資源エネルギーの輸出先として仕立て上げている。原油だけでなく,天然ガス企業も中国市場の開拓に貢献する。と同時に,ダイヤモンド世界最大手のロシア国営アルローサもまた中国市場への売り込みに力を入れる。2017年実績で1億8,000万ドル相当のダイヤモンドを中国に輸出,アルローサ世界販売の5%を占めるに過ぎないが,アルローサの経営陣は中国市場攻略に力点を置く構えでいる(10)
 ただ,周知の通り,中国経済は今後,下降局面に入っていく。中国経済の低空飛行はロシア経済を直撃することになる。

2.厳しいロシアの台所

 労働人口の激減を背景に,ロシア政府が2018年6月に発表した年金改革(年金受給年齢の引き上げ)を引き金に,プーチン大統領の支持率が急落(2018年12月の世論調査では61%),政府は改革案の修正を余儀なくされた。財政再建には年金改革が不可欠だが,経済が停滞をきわめる今,相次ぐ工場の閉鎖などで職を失うロシア国民は納得しない。賃金の未払い問題も解消されていない。国営企業の民営化など構造改革を放置してきた歪みが表面化した格好だ。ロシア国民の怒りと不満は頂点に達している。
 ロシアの経済成長率は2018年でわずか1.7%にとどまる(11)。公式の失業率は4.7%と歴史的な低水準を記録しているが,それは大規模な賃金カットの結果に過ぎない。実質可処分所得は2014年以降,毎年,低下し続けている。月間の生活費が1万ルーブル(1万7,000円)以下の貧困層は2,000万人に膨らんでいるという(12)
 ロシア国民を犠牲にして,軍備拡張に邁進するクレムリン。なすべきはクリミア半島をウクライナに返還して,制裁解除に向けた準備を進めることである。近隣諸国の軍事的な対抗姿勢を強化しても,ロシアが得られる果実は皆無である。

(1)Financial Times, November 13, 2018.
(2)Financial Times, November 27, 2018. Financial Times, December 5, 2018.
(3)『日本経済新聞』2018年12月20日号。
(4)『日本経済新聞』2018年11月20日号。
(5)『日本経済新聞』2018年11月17日号。
(6)Oil & Gas Journal, September 3, 2018, p.88.
(7)『日本経済新聞』2018年8月20日号。
(8)『日本経済新聞』2018年11月20日号。
(9)『日本経済新聞』2018年11月9日号。
(10)Financial Times, August 27, 2018.
(11)Financial Times, December 3, 2018.
(12)Financial Times, December 3, 2018.
前回(「第6回 国際原油市場の政治経済学」)はこちら

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