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北朝鮮の完全非核化は永久に実現しない

大阪商業大学総合経営学部教授・経済学博士・中津孝司

1.所詮無理な平壌との外交取引

 予想外,想定外とメディアは騒ぐが,金正恩独裁体制が悲願の核弾頭,核関連施設やミサイルを廃棄処分するはずがない。2019年2月28日に開かれた米朝首脳会談で両者が正面衝突する可能性は否定できなかった。少なくとも何も決まらないことは当初から予想できた。
 メディアがご丁寧にも外交交渉カードの中身を一枚一枚検証し,互いに机上に切り合って,相手の出方を伺うと身勝手な解説に終始していた。完全非核化を最終ゴール地点に見据え,そこへ辿り着く道筋を描くことにメディアは集中し過ぎた。結果,予想は見事に的中しなかった。
 金独裁体制にとって完全非核化という選択肢はない。北朝鮮の独裁者が狙う標的は唯一つ。経済制裁の緩和と解除。制裁緩和・解除を達成するために,ソウルを揺さぶり,北京に擦り寄った。平壌とソウルの大接近は北朝鮮が制裁の全面解除を勝ち取るための手段に過ぎない。平壌にとってソウルとの関係改善が主目的ではない。あくまでも手段,方策に過ぎない。韓国の文在寅大統領は北朝鮮の本心を誤解している。金独裁体制には利用の論理しか通用しない。
 ソウル,平壌ともに相手を朝鮮半島の正統な継承国とは見なしていないはずである。そうでないと,論理矛盾に陥り,双方とも自己否定することになる。朝鮮半島の市民にとって,その統一の中心勢力はあくまでも,それぞれ自身にある。同一民族,同胞,血縁関係という単純な事実だけで南北が接近するには無理がある。開城工業団地や金剛山観光事業の再開を再検討することなどは本来であれば論外,南北鉄道の連結に至っては愚の骨頂の発想である。
 北緯38度線は国境ではなく,軍事境界線。第二次世界大戦後の冷戦構造が崩れることなく,朝鮮半島に投影されている。南北分断の責任は米国とソ連邦,今のロシアにある。義勇軍として中国が朝鮮戦争に軍事介入したけれども,分断の原型を形作ったのはワシントンとモスクワである。
 分断の屈辱を韓国は経済発展によって,北朝鮮は核開発によって,それぞれ突破しようと試みた。北も南も依然として道半ばだが,国際ニュースのヘッドラインには並ぶようになった。
 しかしながら,このさき当分の間,朝鮮半島情勢が国際社会を騒がせることはないだろう。北朝鮮関連のニュースは卑怯な瀬取り,密輸という前近代的な手法の制裁破りとサイバー攻撃のみとなるだろう。
 韓国も北朝鮮も国際社会全体から観察すれば,マイナープレーヤーに留まっている。ワシントンと平壌の接触計画は早晩,雲散霧消する。その代わり,平壌は隣の文政権を揺さぶり続け,北京やモスクワとの関係をより重要視する。平壌にとって東京は単なる変数でしかない。平壌の最優先事項は経済制裁の解除にあって,拉致問題にはない。

2.米朝首脳会談の失敗を追う

 合意文書を準備していたにもかかわらず,結局,交渉は決裂,喧嘩別れとなった。なぜか。実務レベルの交渉が無意味だったからである。
 北朝鮮側の実務者には最終結論まで導いていく能力と権限が欠如している。実務者レベルでは判断を下せず,すべてが金正恩委員長の決定に委ねられる。トランプ政権の実務者が有能であっても,北朝鮮側の真意を見抜けなかった。米国側はワンパッケージの非核化要求を突きつける一方,北朝鮮側はワンパッケージの制裁解除に執着した。
 ホワイトハウスは北朝鮮側に核関連施設の目録を提示するように迫るが,北朝鮮は絶対応じない。提示した場合,米国による軍事攻撃の対象をすべて明かすことになるからである。米軍に攻撃されたとき,反撃できる軍事力は温存したい。軍事攻撃の標的を公表する国家など地球上に存在しない。米国政府はビッグディールと呼んだが,交渉の次元そのものに違いがあり,互いにゴール地点を把握できていなかった。
 国際社会が北朝鮮に要請することは,完全で検証可能かつ不可逆的な非核化(CVID)。北朝鮮が完全な非核化に向けて本気で取り組まない限り,制裁は緩和も解除もなされ得ない。しかし,北朝鮮側に完全放棄のオプションはない。結果,制裁は永遠に解除されない。と同時に,北朝鮮経済の発展は見込めない。南北統一はアイルランドが朝鮮半島に先行する。
 制裁解除がなければ,平壌はホワイトハウスと向き合わない。ホワイトハウスはかつて北朝鮮をテロ支援国家に指定し,ロケットマンと揶揄してきた。北朝鮮の独裁者は数知れない外国人を拉致し,意に沿わない人物を粛清,処刑してきた。実兄も暗殺した。まさしくテロリストの巣窟。テロリスト集団が大量破壊兵器を保有しているに等しい。ゆえに国際社会は大規模な制裁で対抗した。この構図は今後とも変わらない。
 この点を理解している有力者が米国側にいる。ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)である。彼はかつて対北朝鮮先制攻撃を提唱していた。2日目の拡大会合にボルトン大統領補佐官が同席していなければ,トランプ大統領は金正恩委員長に騙されていたであろう。
 そもそも北朝鮮側は当初から米国側を騙すつもりでハノイに列車でやってきた。つまり北の独裁者はホワイトハウスを騙すことに失敗したのである。ワーキングランチも署名式も中止を余儀なくされた。首脳会談の会場となった老舗ホテル,ソフィテル・レジェンド・メトロポール・ハノイを足早に立ち去った金委員長の憮然とした表情に,無念さが如実に表れている。
 交渉決裂で韓国政府は動揺したが,その背後でひそかに微笑を浮かべている国がある。対北朝鮮制裁緩和の旗を振る中国とロシアだ。北京は朝鮮半島への影響力,プレゼンスを誇示したい。米国主導で展開される,朝鮮戦争の後始末となる平和宣言・協定の締結や朝鮮半島統一を阻止したい。朝鮮半島全域に米軍が駐留する事態は北京にとってもモスクワにとっても悪夢である。米軍の放逐で中露の思惑は一致する。
 今後,北東アジアのパワーバランスは日本,米国,台湾と中国,ロシア,朝鮮半島が睨み合う構造となる。海洋国家と大陸国家の対抗構図が鮮明となるだろう。米軍の力点は韓国から日本や台湾にシフトしていくだろう。その点では北京やモスクワが望む朝鮮半島における米軍の地位低下は実現するかもしれない。日本はこのさき,ますます防衛力を強化,磨きをかけていく必要性に迫られている。
前回(「第9回 ハイパーインフレの国・ベネズエラ 」)はこちら

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