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『旅と語りを科学する』を楽しむ3つのキーワード

小社ではこのたび,『旅と語りを科学する』を刊行いたしました。

翻訳いただいた佐々木秀之先生に,本書を楽しむキーワードについてお話をうかがいましたので,ぜひご覧ください。


── 編集作業お疲れ様でございました。本書を日本の読者に紹介しようと思われたきっかけをお教えください。

佐々木 研究や実践の中で,東日本大震災における復興手段としての観光の在り方について考える機会があったことが本書の翻訳編集に取り掛かったきっかけです。政府は,大規模なインバウンド政策を掲げ,日本各地でインバウンド受け入れに邁進することで,地域経済が活性化してきました。一方で,持続可能なツーリズムの在り方も問われてきました。観光や周辺産業を考える時,従来行われてきた旅とそこから得られる語りの関係について掘り下げる必要があると感じ,本書の刊行に至りました。

宮城大学 佐々木秀之先生

── 「ナラティブ」という言葉はまだ馴染みがないかと思われますが,現在刊行されている書籍では,心理学や医学で用いられることが多いようですね。

佐々木 ナラティブという語は,語り,物語と訳され,心理学や医学,看護や社会福祉などの分野では実践的に用いられています。一定のセオリーとして確立している療法もあれば,一人一人との語らいの中から不調を見つけ出していくようなアプローチも存在するようです。一方で,ナラティブという言葉は,必ずしもそうした限定的なものを指すわけではありません。たとえば,個人史を語ることは最も簡単なナラティブの一つと言えるでしょう。

── 第一読者として読んでみて,「オペラ」から読み解く視点,海外からあえて「熊野古道」を取り上げる視点は興味深かったです。

佐々木 オペラというものはルネサンス期のイタリアで,古代ギリシアの神話劇,悲劇などの芸術を復興する形で誕生しました。次第に歌劇としてさまざまなモチーフを取り込んだ総合芸術となっていきましたが,その意味では,そもそも物語を内包する芸術であるオペラは,ナラティブとして分析する上で,親和性があるものと考えられます。 また,日本における熊野古道は世界遺産としての価値を持ちながら,参詣すること自体が文化として価値を持っています。それは,日本人がキリスト教徒の巡礼に興味を持つことと同じように,参詣が持つ意味を理解しようとすることを通じて文化を深く理解しようとする営みといえるかもしれません。

── 「(訳者)あとがき」の一覧表において,章ごとに「未公開」「発行済み」に分けられておりますが,発行(=読者)を意識したかどうかで何か違いはありますでしょうか。

佐々木 例えば,個人的な手記としての旅行記であれば旅の道中に思いついたことをその場で書き留めていき,自分だけが理解できればよいものとして記録をつけていきます。一方で,発行を意識することで,情報を整理したり,発信するテーマを設けたりといった意識の違いが出てきます。

── ホリデイブックなどの「旅行記」をもとに各章が展開されていますが,最近は旅行ブログがさかんです。ナラティブという面から何か違いは出てくるでしょうか。

佐々木 ホリデイブックのような旅行記という形ではなくとも,長期の休暇や旅行の際に,写真を撮ったり,見聞きしたことを文章に綴ったりするナラティブを誰しも残していると思います。例えば,日本文学を考えてみると,本文でも触れられている土佐日記に代表されるように,多くの日記文学が存在します。西洋の日記,ダイアリーと言えば,鍵のかかる場所に保管される極めてパーソナルなものを指しますが,日本の場合には,読まれることを前提とした語り,一種のナラティブが日記という表現で見られるのは興味深いことです。

 インターネットの普及段階では,個人の旅行ブログというものが流行してきた経緯があります。多くはスポットの紹介に注力していた印象がありますが,最近では旅行ブログ以外にもSNSや動画での発信という形も増えています。いずれの場合でも,そこで何を語るかによって自分が何者であるかを示していく,その土地に存在するストーリーを語るのではなく,そこに行き,自分は何を見聞きし感じたのかということを語るという自己表現がなされています。

文章と画像を組み合わせた
ホリディ・ブック内の記録の一例

── 今回,原著にはなかったサブタイトル「観光におけるナラティブの活用可能性」を加えられました。ナラティブを行うのは旅人だと思われますが,それを観光地側が利用するにはどのような方法があると思われますか?

佐々木 ナラティブは,一種の語らいによって生み出されるものと捉えています。ナラティブを生み出すのは旅人かもしれませんが,その経験をどのようにデザインしていくか,という視点は観光地側にこそ求められています。新型コロナウイルスの影響で,大規模な人の移動が制限される現状において,観光客は大勢の人と同時に何かを経験するということが難しくなっています。一方で,SNSの発達は,遠隔地であっても,感動の共有を容易にしていくであろうことが想定されます。そこで,観光地はより個人に絞って,誰かに語りたくなるような経験を提供できるような知恵を絞っていく必要があると考えられます。

 こうした状況に対して,「デスティネーション・デザイン」という概念を提唱しておきたいと思います。デスティネーション(Destination)の語源はラテン語の「Destine」だと言われています。この語の意味は,「ゆるがないもの,方向づけられたもの」です。また同じ語に由来する言葉には運命を意味する「Destiny」があります。このことを踏まえると,デスティネーションという語には,「運命づけられた行先,目的地」というニュアンスを見出すことができます。観光地としては,旅人に「求めていた場所だった」と感じてもらうために,地域資源を磨き上げ,旅人への見せ方をデザインしていくデスティネーション・デザインが求められています。

 観光という業態は,発展していく過程で,大規模移動を伴うマスマーケティングの産業となっていきましたが,本書で扱ったナラティブはほとんどがそうしたマスマーケティングとして発展する前の個人の観光を取り扱っています。その中で,旅人はデスティネーションについて体験と結びつけて自分の言葉でナラティブとして語っています。旅人がどのようなナラティブを語るのかということを観光地側が意識していくことによって,旅人にとって行くことが運命づけられていたと感じる体験が得られるデスティネーションになっていくはずです。

 最後に,ナラティブは,新型コロナウイルスを巡り,マスでの移動が制限される昨今の状況や,SNSが発達し,個人の語りが重視される新しい時代になって改めて見直されるべき概念の一つです。旅人は何を思い,何を語るかという問いに対して,本書で扱ったさまざまな年代のナラティブは,これからの観光においても十分に活用可能といえるでしょう。

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