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革命40年後のイラン閉鎖社会

大阪商業大学総合経営学部教授・経済学博士・中津孝司

1.革命を知らない世代の台頭

 老人が闊歩し,世代交代の足枷となる。日本だけの話ではない。古今東西,老害に苦慮する国家,企業はまだまだ多い。人間の能力は日々,衰える。シルバー層の社会参加は必要不可欠だが,それが若年層の労働意欲を削ぐような事態は回避せねばならない。
 2019年2月11日,イラン・イスラム共和国の首都テヘランでイスラム革命40周年の記念式典が挙行された(1)。大勢の式典参加者を前に,ロウハニ大統領が演説,ミサイル開発継続の意思を表明した。そして,米国,イスラエルに対する敵対心を露にした。革命40年の時間空間はイラン・米国断交40年と重なる。
 イスラム法学者による統治を大原則とするイランでは,政治の頂点に君臨する人物は大統領ではなく,最高指導者のハメネイ師。この最高指導者が国家元首の役割を演じる。ハメネイ師を中心に革命防衛隊など強硬派が群がり,既得権益を牛耳る。イランの政治と経済を実質的に操る組織は革命防衛隊である。その使命はイスラム体制の防衛にある。中国人民解放軍の役目が共産体制の死守にあることと酷似している。
 対イラン経済制裁は革命防衛隊の中枢部を標的とする。イランは対欧州原油輸出の見返りに,いわゆる核合意を手中に収めた。これに公然と反旗を翻すのがワシントン。米国にとってイランは最大の宿敵。イスラエルとの共闘でイランを締め付ける。
 ただ,実際にはホワイトハウスが想定するほど制裁は革命防衛隊に一撃を与えていない。革命防衛隊の経済力や影響力はまったく衰えていない。打撃を被っているのは罪もない一般市民である。
 この米国とイスラエルのイラン敵視政策がイラン国内の強硬派を勢い付かせる。抵抗経済を徹底化させることが強硬派の求心力として作用している。この反作用として,穏健派の権威が失墜する。イラン・イスラム革命を知らない世代は社会の停滞を懸念するが,これが年配層に伝わらない。
 結果,制裁が強化されればされるほど,強硬派にとっての追い風となるという悪循環を招く。「北風か太陽か」は難しい選択だが,イラン社会は確実に制裁慣れしている。民主化運動「アラブの春」の失敗も強硬派の説得力が増大する結末となった。
 ホワイトハウスが期待する民衆蜂起による体制転覆,つまり「イランの春」には現実味がない。ワシントンの思惑とは裏腹に,急進的な変化は発生しそうにない。もっとも王政復古も期待できない。大半のイラン市民は若年層も含めて,現体制を批判する反面,王政時代への回帰も望んでいない。
 究極的な問題はイラン社会が現体制を完全否定して,政教分離の体制へとシフトできるかどうかにある。現在の支配層は政教分離を拒否するだろう。ポスト革命世代が政教分離のシステムへと円滑に導いていけるか。政教分離のニーズが高まっていることだけは確かである。
 国名にある「イスラム共和国」のイスラムとは正確に表現すると,イスラム教シーア派を指す。「イラン・イスラム教シーア派共和国」という意味内容が国名に込められている。イラン社会での政教分離とは政治からイスラム教シーア派色を一掃することと同義となる。これを現支配層,軍部,治安当局も含めた既得権益層が容認するかどうか。拒否することが予想されるが,このとき,ポスト革命世代はいかにして抵抗勢力と向き合うのか。問題の本質はここにある。
 制裁が緩和されようが,強化されようが,反米・反イスラエルの構図がイラン外交に投影されてきた。イランの影響力はイラク,イエメン,シリア,レバノンと中東世界で拡大の一途を辿る。これを背後からロシアが支える。
 ホワイトハウスは中東社会の本質,イラン問題の本質を見抜けていない。だからこそ,ワシントンの中東外交は失敗を繰り返してきた。イランが中東世界に放つ一種の緊張感がバランス・オブ・パワー(勢力均衡)に一定の役目を演じていることに着目すべきではないか。つまりイスラエルやサウジアラビア,それにエジプトといった中東社会の大国とされる国家の偏った突出を抑止することにイラン外交が役立っているという視点も重要ではないか。
 ワシントンはイランの突出だけを抑え込むことに執着,注力してきたことこそが中東外交失敗の原因ではないのか。ホワイトハウスが自らの誤りを認識しない限り,中東外交は成功しない。
 イランでは早晩,革命を知らずに育った世代が台頭してくる。40年前の革命は20世紀の産物に過ぎない。今や情報化と国際化が同時進行する21世紀。いつまでも前近代的な宗教指導者支配が許容されるはずがない。教育水準の高い,若い世代はイラン社会の停滞に苛立ちを募らせているに違いない。
 イラン社会が国際的孤立を克服して,国際社会に本格復帰する道と閉鎖・閉塞社会を打破する道を描き,現実に歩む世代は革命を知らない世代なのである。世代交代が否応なく,人口8,000万人のイラン社会を世俗化に導いていく。今や人口の半数以上がポスト革命期生まれである。
 ポスト革命世代がイスラム・システムを維持しつつ,かつ軍部の台頭を回避しながら,東南アジアにある新興国のように離陸,脱皮できるか。問題解決の具体的な担い手はポスト革命世代なのである。  

2.等身大のイラン経済

 驚くことに,イラン国内でいわゆる仮想通貨の流通を貿易決済に限って容認する流れが顕在化しているという(2)。この動機付けは制裁強化にある。制裁に対抗する手段として仮想通貨が位置付けられようとしている。これはイラン社会が制裁への耐性を備えていることを示唆している。
 イラン産原油の禁輸措置もイラン当局主導の密輸によって骨抜きにされている。バーター取引(物々交換)も活発だ。日本はイラン産原油を少量ではあるが,粛々と輸入してきた。イランの産油量は2019年1月現在,日量275万バレルである(3)。原油輸出量は2018年12月現在,日量110万バレル程度に留まっている(4)。イラン石油産業の歴史は古く,原油埋蔵量についてもベネズエラ,サウジアラビア,カナダに次いで世界第4位を誇る。
 イランは親日国であり,日本とイランとの関係も良好である。日本にとって北朝鮮は仮想敵国だが,イランはリスクではない。北東アジアの一角だけを除いて,世界各国が親日国である。朝鮮半島と中国のみが例外に過ぎない。
 日本社会でイラン脅威論が巻き起こるのはホルムズ海峡封鎖論が高まる時期と重なる。ただし,ホルムズ海峡が封鎖されて中東産の原油が日本市場に届かなかった事実はない。日本は無闇に対米追随してイランを敵視する必要性はない。
 イラン市民は今,過酷な現実に直面している。政治支配層は物価上昇を抑制し,為替市場を安定化させ,制裁措置を緩和していくと胸を張ってきた。しかし,現実には真逆の現象が起こっている。物価は上昇し続け,2018年12月期に年率換算で42%を記録,2019年には景気が後退すると予想されるようになった(5)
 イスラエルやサウジアラビアなどと比較しても,イラン経済の停滞は際立っている。近代的なインフラや建造物は散見されるものの,経済発展が面状に拡散していない。経済を発展させ,市民がその果実を実感できないと,政治支配層に失格の烙印が押される。ここに台頭してくる層がポスト革命世代である。イラン社会に一刻も早く世代交代が実現することを期待してやまない。

(1)『日本経済新聞』2019年2月13日号。Financial Times, February 12, 2019.
(2)『日本経済新聞』2019年2月6日号。
(3)『日本経済新聞』2019年2月13日号。
(4)Financial Times, January 16, 2019.
(5)Financial Times, February 4, 2019.
前回(「第10回 北朝鮮の完全非核化は永久に実現しない 」)はこちら

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